処理待ちで暇なので適当に何か書く


http://mega80s.txt-nifty.com/meganikki/2009/03/post-df2c.html
http://fsokuvip.blog101.fc2.com/blog-entry-1167.html
とらドラを恋空に例える感覚って、実は凄く良く分かる。大河って少なくとも9巻までは「可哀想なお姫様」だから。んでラストは何もかも当人に都合よく進んでるように見えて(まあ実際そうだけど)、そんなもの見てどうするんだ、と。
だから大河もしくは大河を応援する周辺に感情移入する何かがないと、最後までどうにもならないのかもしれない。これは構造上どうしようもない。


自分自身が何でこうなってるかを考えると、true tearsでの激怒もあるけどウテナDVDの樹璃回をガンガン見てたせいもあるねー。カツヨハァハァ。樹璃は剣をとれても結局は捨てちゃうわけで、逆に大河は剣を持った時にそれを捨てないだろうという説得力を自分の中に持てていた、という感じ。




アニメの話すると、この手のアニメには作画に幅があって、かつそれが面白さに繋げられる作りで良かったけどなー。これくらい(7話で飛び蹴りする大河*1とか、溺れる大河とか、殴りこむ大河とか、走って飛び出す大河とか……って大河の話ばっかだな! どれだけ大河が好きなんだよ! うわああああ大河あああーーーーーーーっっっ!)幅持ててもダメなのかなあ、自分の感覚だと一番居心地のいい辺りなんだけど。作ってる人たちはそうでもないのかな、でもそうだとするとちょっと……。

*1:話の流れをきちんと追うと陰湿な蹴り方するのが演出上は正しいと思うけど、面白い作画なので全然OK